1日30分でSFにどっぷり浸れる! 『アップロード ~デジタルなあの世へようこそ~』のススメ
今回の別刊BCNも前回に続いて、自称SFエバンジェリストの大蔵がSF作品がちょっとおもしろくなる見方を紹介します。前回は難解SF映画『TENET テネット』を楽しめる人/楽しめない人という視点で解説しましたが、今回取り上げるのはAmazonプライムビデオで配信中のオリジナルドラマ『アップロード ~デジタルなあの世へようこそ~』(以下、『アップロード』)です。
数ある海外ドラマの中で本作品をピックアップしたのは、海外ドラマは苦手という人でも見やすく、かつSFの魅力が存分に盛り込まれているからです。『アップロード』は1話あたり30分程度で、シーズン全体でも10話構成と非常にコンパクトにまとまっています。
●死んでも現実は終わらない? 仮想現実は天国か、地獄か
ストーリーの舞台は近未来。この世界では死後に仮想現実に意識をアップロードする技術が開発されています。主人公は将来を嘱望される優秀なエンジニアのネイサン。彼は不慮の事故から命を落とし、富裕層向けの仮想サーバー「レイクビュー」にアップロードされます。ところが目を覚ますとネイサンは生前の一部の記憶を欠落していました。なぜ記憶がないのか、欠落した記憶は何か。その謎を追いながら家族や恋人、そして死後に知り合った生者あるいは死者との交流を通して、人生と向き合っていく…というのが物語の大筋です。
ユニークなのは、死後の世界である仮想現実は生者の管理のもとで運営されているということです。アップロードされた死者は生者が運用するサーバーの中のか細い存在で、その気になればアバターの見た目を改変されたり、データを抹消されることも難しくありません。
また、仮想現実でサービスを満喫するためには費用が発生し、現実の貧富の差がそのまま反映されます。ネイサンの場合は事情はさらに複雑で、富豪の婚約者がサーバーの利用料を払っているのですが、ネイサン側の愛情は冷めており、顧客サービス係であるノラに恋心を抱いています。
平たくいえば「違う女性に気があるけど、生きていくため(正確には死んでいますが)には婚約者のご機嫌もとらなきゃいけない」という状況なわけです。死んでもなお、生前の人間関係や経済状況に縛られる世界なんてどう考えてもディストピアです。
物語の背景だけ聞くと暗い気持ちになりそうですが、『アップロード』はこれを軽快なブラックコメディとして描いており、複雑な世界観にうんざりしたり、ドロドロした人間ドラマに嫌気が差すということはないはずです。死後の世界があるほどテクノロジーが発達した世の中でも人間の本質は変わらないということを、懸命に生きる主人公(実際は死んでいるのですが)たちを通して感じ取れるはずです。
●比較対象としての“なろう系” 死後のアプローチの違いに注目
本作を鑑賞する上で興味深い比較対象としてあげたいのが、日本で流行している“なろう系”の作品群です。なろう系とは「小説家になろう」という小説投稿サイト発の作品を指す造語です。このサイトに掲載されている小説は「死後に異世界に転生して、特異なスキルや異常なステータスの高さで無双する」あるいは「天才的頭脳や超人的な運によって仮想現実世界で無双する」というテンプレを採用していることが多いのが特徴です。
枠組みだけみると『アップロード』の「死後に仮想現実に転生」は、まさになろう系の設定と重なります。しかし、新しい世界で昔のしがらみから解放されてヒーローになる“なろう系”のご都合主義とは真逆で、『アップロード』の世界は現実と地続きで、ステータスアップも特別なスキルの獲得もありません。
むしろ、生きているときよりも自由は制限されます。仮想現実では仕事をすることも許されていないので夢や希望もなく、経済的に豊かなら怠惰に娯楽を満喫し、貧しいなら月のデータ制限(行動や思考によってデータを消費し、データ量を増量するには課金する必要がある)に達しないようにじっとしているしかない。まさに死者は生者に飼い殺し(死んでいるのに!)にされているわけです。
このあたり、日米のコンテンツにおける死後のアプローチに明確な違いがあって、おもしろいと思いませんか? 私は“なろう系”慣れしすぎていたので、仮想現実のサーバー維持にかかるコストだったり、技術的な弱点などについて思いを巡らせたこともありませんでした。そういった意味でも『アップロード』は多くの人にとって新鮮な驚きを与える作品になっていると思います。
『アップロード』はシーズン1が2020年5月に配信されましたが、すでにシーズン2の製作が決定しています。次のシーズンでは新たなテクノロジーや反テクノロジー派が登場するとのことで、さらに世界観を深めていきそうです。個人的にはSFファンやテクノロジー好きがうれしい時事ネタ(シーズン1ではFacebookが発行を計画している仮想通貨Libraが実用化されていました)にも期待したいところです。